2024年度 卒論要旨

ゲノム編集によるTTLの変異株の作成

近藤 玲央

ヒトの遺伝病である多彩異数性モザイク症候群の原因遺伝子としてCANATACが同定された。患者の細胞ではATではじまりACで終わるイントロンのスプライシングが抑制されており、AT–ACイントロンのスプライシングに必要な遺伝子であると考えられた。CENATACはAT-ACイントロンをもつ生物に保存されており、シロイヌナズナのTTL遺伝子はそのオルソログ(共通の祖先遺伝子から分岐した遺伝子で、異なる生物においても同じ機能を担う遺伝子)だと考えられた。そこでTTL遺伝子もAT–AC型イントロンのスプライシングに必要であるかどうかを調べるために、CRISPR-Cas9を用いてTTLの変異株の作成を試みた。4種類のsgRNAを作成し、それぞれを導入した形質転換体の変異と表現型を調べた。全てのsgRNA導入株において、1塩基挿入をもつヘテロ接合体は得られたが、野生株と同じ表現型を示した。変異は後代にメンデルの様式で遺伝しないことが多く、一部では変異をもつ細胞がキメラになっていると考えられた。

drol1のサプレッサーのスクリーニング

縣 優希

シロイヌナズナは発芽から種子ができるまでの期間が短いことや、小型で実験室での栽培が容易なことから世界中でモデル植物として遺伝学の研究に用いられている。当研究室ではシロイヌナズナが種子に油脂を貯蓄していることを利用し、油脂生産の遺伝的な制御機構の解明を目指して研究が行われた。油脂を蓄えているオイルボディという細胞小器官の膜にはオレオシンタンパク質が存在し、このオレオシンの発現パターンを指標にして変異株のスクリーニングが行われ、drol1変異株が単離された。その原因遺伝子はスプライシング因子をコードしており、その後の研究でATではじまりACで終わるマイナーなイントロンのスプライシングに必要であることがわかった。DROL1の機能を明らかにするためにサプレッサーのスクリーニングが行われた。その結果、4遺伝子座が同定され、全てスプライソソームのU5 snRNPのタンパク質サブユニットに起きた変異によるものであることが判明している。しかし、U5 snRNPにはまだ多数のタンパク質ユニットがあり、他にもサプレッサーとなる変異があると考えられる。そこで、新しいdrol1変異株サプレッサーを得ることを目標にスクリーニングを行った。

drol1をEMS処理したM2株を合計5200個播種してサプレッサーのスクリーニングを行った。drol1の形態形成の異常を抑え、野生株に似た表現型を示したサプレッサー候補を31個得ることができた。この内22個から種を得て、そのM3世代の種子を播いたところ、2株は再び野生型の表現型を示した。今後、残りの候補についてもM3世代での表現型の確認が必要である。

サボテンFTの合成

磯村 咲月

サボテンは水が少なく乾燥した土地でも栽培することができるため、新しい食品として利用できるのではないかと注目を集めている。今後、農作物として収量を増やしたり、食品として安全性や栄養価を高めたりしていくためには、品種改良が必要となると考えられる。植物の品種改良の方法として、交配がよく用いられている。そのためには花を咲かせる必要があるが、サボテンの開花条件はよくわかっていない。被子植物が花を咲かせるにはFTタンパク質が重要な役割を持っていることが知られている。FTをサボテンで発現させることで、花を咲かせることができるのではないかとの着想を得た。

本研究ではFTのサボテンのオルソログ(NcoFT)をサボテンで発現させようと、様々な試みを行った。NcoFTをコードするDNA断片に、35Sプロモーターをつなぎサボテンに注射した。またmRNAおよびタンパク質をin vitro転写・翻訳によって合成し、サボテンに注射した。いずれを導入した場合でも花は咲かなかった。

TTLの細胞内局在の解析

岩井 春樺

ヒトの遺伝病である多彩異数性モザイク症候群の原因遺伝子としてCENATACが同定された。CENATACに変異をもつ細胞ではイントロンの末端がAT–ACとなるスプライシングが抑制されていた。シロイヌナズナにはCENATACのオルソログであるTTLという遺伝子がある。シロイヌナズナのTTLもCENATACと同様にAT–ACイントロンのスプライシングに必要であるのかに興味がもたれた。CRISPR-Cas9を用いてTTL遺伝子に変異を導入したところ、AT–AC型イントロンのスプライシングが抑制された。これらのことから、TTLはAT–AC型イントロンのスプライシングに必要であると考えられた。TTLは三番目のエキソンの中にAT–AC型イントロンをもち、これがスプライシングされると機能のあるタンパク質をつくることができない。本研究ではTTLのAT–AC型イントロンがスプライシングされないように塩基置換を導入したTTLmmIと、TTLcmIをつくり、これらにGFPをつないだ遺伝子を作成し、細胞内局在を調べた。顕微鏡で根を観察したところ、GFPの蛍光は核に局在してた。核の中でも蛍光の強いところと弱いところがあり、核小体に局在している可能性が考えられた。また、同じ遺伝子をTTLの変異株に導入したところ、本来致死性である変異株が野生株のように大きく育った。これらのことから、GFP融合TTLは野生型TTLと同じ働きをしているということがわかった。

drol1ttlのサプレッサーのスクリーニング

小川 翔

シロイヌナズナのdrol1変異株は子葉が平たく紫色を帯びており、発芽や本葉の出現が遅い、根が短いなどの表現型を示す。drol1変異株ではAT-AC型イントロンのスプライシングが抑制されていることが明らかとなり、DROL1はAT–AC型イントロンのスプライシングに必要な遺伝子であることがわかった。2021年にヒトの多彩異数性モザイク症候群(MVA)の原因遺伝子としてCENATACが同定された。CENATAC遺伝子に変異を持つ細胞ではイントロンの末端がAT–ACとなるようなスプライシングが抑制されており、drol1変異株と似た現象が起きていると考えられた。シロイヌナズナのCENATAC遺伝子のオルソログであるTTLを破壊したところ、drol1と同じような表現型を示すttl-142変異株が得られた。ttl-142の解析の結果、TTLはDROL1と同様にAT–AC型イントロンのスプライシングに必要な因子であることが示された。

本研究ではDROL1とTTLの機能を明らかにするために、drol1変異株とttl-142変異株のサプレッサーのスクリーニングを行った。drol1-1 M2の種子を2800個播種したところ9株のサプレッサー候補を得ることができた。またttl-142ではEMS処理を行い、M2をスクリーニングした結果、8株のサプレッサー候補を得ることができた。

serf1変異株の相補実験

小松 弘来

イントロンの末端の塩基配列はGT–AGであることがほとんどであるが、AT–ACであるイントロンもごく少数存在している。シロイヌナズナのゲノム中にはおよそ2.8万個の遺伝子があり、その中にある12.5万個のイントロンのうちたった70個程がAT–ACイントロンである。drol1変異株ではAT–ACイントロンのスプライシングが特異的に抑制されており、AT–ACイントロンを持つ遺伝子の中にSERF1とSERF2という機能の不明な遺伝子があった。SERF1の破壊株(serf1-1)はホモ接合体を得ることができず、SERF1はシロイヌナズナの生育に必須の遺伝子であると考えられた。本研究ではserf1-1の致死性がSERF1の破壊によるものであるかどうかを調べた。SERF1のプロモーターからターミネーターまでをクローニングし、破壊株に導入したところ致死性を回復した。一方、イントロンを除いた遺伝子を導入したところ、serf1-1のヘテロ接合体しか得られなかった。

drol1サプレッサーとTTLの遺伝的相互作用の解析

酒井 啓貴

シロイヌナズナのdrol1変異株はスプライシング因子に変異があり、末端がATで始まりACで終わるイントロンのスプライシングが抑制されていることが分かっている。これまでにdrol1変異株のサプレッサーとしてsudl1からsudl4までの4遺伝子座が同定され、いずれもスプライソソームのU5 snRNPのタンパク質サブユニットをコードする遺伝子に変異を持っていることが明らかとなった。同じころ、ヒトにおいてCENATACが欠損するとdrol1と同様にAT–ACのイントロンのスプライシングが抑制されることが報告された。シロイヌナズナのTTLはヒトのCENATACのオルソログであり、その変異株であるttl-142ではAT–ACイントロンのスプライシングが抑制されてることが明らかとなった。本研究ではdrol1のサプレッサーであるsudl1-1sudl2-1sudl3-1ttl-142にもサプレッサーとして機能するかを調べた。サプレッサー変異をttl-142に交配で導入し、二重変異株を作成した。sudl1-1はあまりサプレッサーとして機能しなかったが、sudl2-1は優性でttl-142の表現型を抑圧した。sudl3-1ttl-142のサプレッサーとしては働かず、むしろttl-142の表現型を強めた。

drol1のサプレッサーsudl2-2の解析

澤田 岳祉

シロイヌナズナのdrol1-1変異株はスプライシング因子に変異があり、AT–ACイントロンのスプライシングが特異的に抑制されている。野生株と比較して植物体が小さく、子葉が扁平で葉や葉柄が紫色を帯びるなどの特徴を持つ。このdrol1-1変異株の表現型を抑制する遺伝子(サプレッサー)のスクリーニングが行われ、#45-4bが単離された。その後の解析で#45-4bはPRP6遺伝子に変異があることがわかり、この変異はsudl2-2と名付けられた。本研究ではsudl2-2の変異がサプレッサーの表現型と連鎖しているかどうかを調べた。

#45-4bをdrol1-1に2回戻し交配を行った後の2世代目である#45-4b x drol1-1 2BC2を播種し、サプレッサーの表現型を示す27株を得た。その次の世代である2BC3のうちの9株では、野生型とdrol1型がおよそ3:1の割合になった。これら107個を調べたところ、98個でsudl2-2とサプレッサーの表現型が連鎖していたことから、PRP6に起きた変異がdrol1のサプレッサーとなることが示された。またsudl2-2drol1-2のサプレッサーとしても機能することを示した。

DROL1の機能に必要なアミノ酸配列の同定

柴田 祐希

シロイヌナズナのオレオシンの発現量を指標にした変異株のスクリーニングが行われ、得られた株がdrol1と名付けられた。その原因遺伝子は酵母のDIB1と類似性があるスプライシング因子をコードしており、その後の解析の結果drol1変異株では末端の塩基配列がAT–ACであるイントロンのスプライシングが特異的に抑制されていることが報告された。DIB1の構造解析の結果、イントロンの5’末端に近接しているアミノ酸配列が見つかり、その領域がDROL1とDIB1の機能の差にあるのではないかと考えられた。そこで、DROL1の該当する領域をDIB1のそれと置き換えた組み換え遺伝子を作成し、drol1変異株に導入したところ、表現型が回復した。この結果と、drol1のサプレッサーではAT–ACイントロンのスプライシングが回復していないということを合わせて考えたとき、改変型DROL1の特性に興味が持たれた。

本研究ではGT–AGとAT–ACのどちらでもスプスプライシングが起きるように設計した人工遺伝子を、改変型DROL1によって形態形成が野生型に戻ったdrol1に導入し、そのスプライシング特性を調べた。RNAを抽出し、RT-PCRを行ったところ、AT–AC型イントロンのスプライシングを回復していと考えられる結果を得た。

drol1の表現型を抑圧するSmBbの変異の解析

外山 心音

シロイヌナズナのdrol1変異株は子葉が平たく紫色を帯びている、発芽が遅い、全体として小さいなど多様な表現型を示す。これらの表現型を指標に、drol1変異株のサプレッサーのスクリーニングが行われた。得られたsudl4-1sudl4-2はともにSmBbタンパク質に1アミノ酸の置換があった。本研究ではCRISPR/Cas9を用いてSmBbのどのような変異がサプレッサーになるのかを調べた。

SmBb のN末側でフレームシフトが起きたとき、そのヘテロ接合体はdrol1のサプレッサーとなった。一方、C末側でフレームシフトが起きた場合は、そのホモ接合体が得られ、やはりdrol1のサプレッサーとなった。一方、野生株背景でSmBbにフレームシフトが起きたとき、著しく生育が阻害された。変異の位置がN末に近いほど、生育に異常をきたした。

AT–AC型スプライシングに必要な遺伝子の探索

服部 瑚都美

シロイヌナズナのゲノムには約12.5万個のイントロンが存在し、その大部分はGTで始まりAGで終わるGT–AG型であるが、ATではじまりACで終わるAT–AC型イントロンも約70個ある。当研究室で単離されたdrol1変異株では、このAT–AC型イントロンのスプライシングが特異的に抑制されていることがわかり、AT–AC型イントロンのスプライシングには特別な因子が必要であることがわかった。しかし、これまでに同定されたAT–AC型スプライシングに必要な遺伝子はごくわずかであり、新たな遺伝子の同定が求められている。

本研究では、AT–AC型イントロンのスプライシング状態を可視化するレポーター遺伝子OLE1T3i-GFPとOLE1T3iG-GFPを作成し、その有効性を調べた。シロイヌナズナで唯一AT–AC型イントロンが残った状態でも機能するタンパク質をコードするTTLの3番目のイントロン(T3i)をGFPの上流に挿入し、スプライシングが起こらない場合にGFPが発現するよう設計した。さらに、種子に蓄積するオレオシンをコードするOLE1とGFPを融合させ、T3iを挿入することで、スプライシングが抑制された際にGFPが発現するOLE1T3i-GFPを作成した。そして、スプライシングが起こった場合にGFPが発現するよう改変したOLE1T3iG-GFPも作成した。OLE1T3i-GFPを導入したシロイヌナズナの野生株とdrol1変異株を調べたところ、F2世代では、GFPの蛍光が表現型を反映しているように見えた。しかし、F3においてはGFP蛍光強度とdrol1の表現型には期待した相関がみられなかった。AT–AC型イントロンのスプライシングを可視化するにはレポーター遺伝子の発現量を調節したり、イントロンのスプライシング効率を上げたりする改良が必要であることが分かった。