2021年度 卒論要旨
AT-AC型イントロンとDROL1タンパク質の相互作用の解析
内藤 忠広
オレオシンの遺伝子発現の抑制に異常を示す変異株としてシロイヌナズナの drol1 変異株が単離された。drol1 変異株の原因遺伝子であるDROL1は解析の結果、AT-AC型イントロンに特異的なスプライシング因子をコードしていた。本研究では、DROL1はAT-AC型イントロンをどのように認識しているのかを調べることにした。HD2CのAT-AC型イントロンに塩基置換を導入し、末端がGT-AG、GT-AC、AT-AGとなるようなイントロンがスプライシングされるかどうかを調べた。解析の結果、GT-AG以外は本来の位置でのスプライシングが起きず、3’側のスプライシングサイトがずれることがわかった。このことからイントロンの5’側の塩基がスプライシングを担うスプライソソームを決め、その後スプライソソームが5’側に合った3’側の配列(5’側がGTならAG、ATならAC)を認識しているのではないかと推定された。
DROL1タンパク質中のスプライシングに重要なアミノ酸配列を特定するために、一部をDIB1のものに入れ替えた置換型DROL1をdrol1変異株に導入した。いずれも変異株の表現型を回復させたので、今回検討したアミノ酸とは異なるものがAT-AC型イントロンの認識には重要であると考えられた。
サボテンの遺伝子の同定
安藤 今日子
サボテンは、南北アメリカの乾燥した地域の原産であり、茎(葉状茎)に粘液状の貯水構造を持ち、環境に応じた特徴的な代謝を行う双子葉植物である。高温や乾燥などの厳しい環境下でありながら安定して育つことから、南北アメリカでは古くから食用として用いられてきた。また、サボテンは種子で繁殖することも多いが、茎の断片が落下することで繁殖することも特徴の一つである。以上のような特徴を持ち、生産効率が非常に高いサボテンであるが、過酷な環境に適応できている理由は遺伝子レベルでは明確にはわかっていない。大量生産できる可能性が非常に高いことから、トウモロコシやサトウキビのようにバイオ燃料にも使用可能な植物にもなり得る能力もあるのではないだろうか。サボテンを効果的に利用していくためには、生態や生理、構造などの観点から遺伝子を調べていく必要がある。その為に、サボテンのゲノムを調べて遺伝子を同定することが、利用拡大には重要な基盤となる。本研究では、サボテンのDROL1オルソログとFTオルソログの同定を行った。遺伝子のアミノ酸配列をもとに、BLAST検索をして遺伝子の構造および保存率を推定した。DROL1はアミノ酸と遺伝子の構造ともに保存されていたが、FTはアミノ酸配列は保存されていたのに対し遺伝子の構造は保存されていないことがわかった。
NRPA2がdrol1変異株に与える影響の解析
小栗 佑斗
シロイヌナズナのdrol1変異株はオレオシン遺伝子の発芽後の発現抑制が起きない変異株であり、その原因遺伝子であるDROL1はスプライシング因子をコードしている。この変異株ではAT-ACを末端の塩基配列として持つイントロンのスプライシングが阻害されていたことから、DROL1はAT-AC型イントロンのスプライシングに重要な役割があると考えられている。AT-AC型イントロンを持つ遺伝子の1つにNRPA2がある。NRPA2は核ゲノムの転写を行うRNAポリメラーゼのサブユニットの1つをコードしており、rRNAの転写に関わっている。NRPA2の破壊株は致死であることが報告されている。NRPA2の1番目のイントロンはAT-AC型で、drol1-1変異株ではスプライシングが抑制されていた。しかし、drol1変異株は生存ができていることからNRPA2のスプライシングが完全に失われている訳ではなく、一部はスプライシングされて、翻訳されているのではないかと考えられる。drol1変異株の表現型は約80個あるAT-AC型イントロンのスプライシングが損なわれたことに起因していると考えられている。その中にはNRPA2のように生存に必須の遺伝子も含まれている。本研究ではdrol1変異株の表現型に強く影響を与えている遺伝子を調べるために、その遺伝子中のAT-AC型イントロンを欠失させたものと、GT-AG型に置換したものを作成した。そしてそれら改変型遺伝子をdrol1変異株に導入し、その表現型を解析した。NRPA2からAT-AC型イントロンを欠失させた遺伝子をdrol1変異株に導入させた場合、野生型に近い表現型を示した個体があった。また、NRPA2のAT-ACの末端の2塩基を置換したGT-AG型イントロンを導入した場合、野生型に近い個体は無かったが変異株から変化している個体があった。このことから、drol1の形態形成上の表現型の大部分はNRPA2のAT-AC型イントロンのスプライシング異常によるものだと考えられた。
drol1変異株のサプレッサーの解析
佐々木 将冴
シロイヌナズナのdrol1変異株は発芽後のオレオシンの発現が抑制されない変異株として単離された。drol1変異株は他にも子葉が平べったく紫色を帯びる、発芽や本葉の出現が遅い、根が短い、高塩濃度に感受性を示すなどの表現型を示した。drol1変異株の原因遺伝子はスプライシング因子をコードしており、末端の塩基配列がAT-ACであるマイナーなイントロンのスプライシングに必要であることがわかった。DROL1がどのようにしてAT-AC型イントロンのスプライシングに関わるのか、スプライシングの欠損がどのようにしてdrol1の表現型をもたらすかについては現在のところ不明である。そこでDROL1遺伝子と相互作用する新たな遺伝子を探索するためにdrol1の表現型を抑制するサプレッサー株のスクリーニングが行われた。得られたサプレッサー株(ds1-1)とそれを野生型株に戻し交配して得た原因遺伝子sudl1-1のみを持つ株の表現型を詳しく調べた。抑制しているのかを明確にするためサプレッサー株を様々な環境下(ABA、抗生物質、高塩濃度)で生育し、多様な観点(根の長さ、株の重量、見た目)から野生型株、drol1変異株、サプレッサー株であるds1-1変異株の差を観察した。
ds1-1もsudl1-1も植物体の生長速度を若干遅らせるがほぼ野生型株と同じ生長をした。抗生物質及びABA、高塩濃度に対する感受性についてもdrol1変異株の表現型を抑制していた。sudl1-1変異は調べた限りのdrol1変異株の表現型を抑制する完全なサプレッサーであることが分かった。
UXS2遺伝子の発現におけるAT-AC型イントロンの役割の解析
FR18051塩谷 佳亮
真核生物の遺伝子の多くはイントロンによって分断されている。ほぼ全て(98%)のイントロンの5’末端の塩基配列はGTで、3’末端はAGとなっているが、ごく一部にATの順に始まり、ACで終了するイントロンがある(AT-AC型イントロン)。AT-AC型イントロンは末端の塩基配列以外にも保存された配列をもち、U12型イントロンと分類されている。U12型イントロンの約3分の1がAT-AC型であることが知られている。AT-AC型イントロンは全ての植物や、ヒトを含む脊椎動物およびその他多くの生物が持っており、進化の過程で保存された何らかの機能をもっていると考えられる。
シロイヌナズナのDROL1遺伝子はAT-AC型イントロンのスプライシングに必要なタンパク質をコードしている。本研究ではUXS2遺伝子のAT-AC型イントロンを材料にして、AT-AC型イントロンのスプライシングに必要な因子の解析を行った。
UXS2のプロモーターからAT-AC型イントロンの下流のエキソンまでをクローニングし、GFPまたはmRFPをその下流につないだ遺伝子を作成した。それをシロイヌナズナに導入し、蛍光タンパク質の発現を調べた。その結果AT-AC型イントロンの有無は遺伝子発現に違いを与えないことがわかった。またAT-ACをAT-AGに塩基置換した場合はスプライシングできなくなるのに対し、GT-ACに基置換した場合はdrol1-1株中でのみ本来のイントロンの3’末端とは異なる位置のAGをイントロンの端としてスプライシングが行われることがわかった。
シロイヌナズナdrol1変異株のサプレッサーの探索
平野 真太郎
シロイヌナズナは種子中に油脂を貯蔵している。油脂はオイルボディと呼ばれる細胞内小器官に蓄積しており、その膜にはオレオシンタンパク質がある。オレオシンタンパク質の発現は種子の登熟期に盛んで、発芽時には速やかに抑制される。このオレオシンの発現を指標に変異株の探索を行い、drol1変異株が単離された。drol1は、スプライシング因子をコードしており、その変異株ではAT-AC を末端の塩基配列として持つイントロンのスプライシングが阻害されていた。AT-AC型イントロンのスプライシングの欠損がどうやってdrol1の表現型をもたらすのかを調べるためにdrol1の表現型を抑制するサプレッサーをスクリーニングした。約700個のM1に由来する15000個のM2をスクリーニングした。drol1-1の特徴であるへん平な子葉ではなく野生型株のように大きく展開して、下方に丸まった葉をつけていたサプレッサーの候補を多数得した。
シロイヌナズナのTTL遺伝子はAT-AC型イントロンのスプライシングに関わっているのか
宮本 埈臣
シロイヌナズナはアブラナ科シロイヌナズナ属の一年草であり、育てるのに場所を取らない、発芽から種を付けるまでの期間が短い、ゲノムサイズが小さいなど、遺伝学的な研究を進める点での利点が多いことから、植物の研究の代表的なモデル生物となっている。
そのシロイヌナズナを使って種子油脂貯蔵プログラムの遺伝的な解明のために変異株のスクリーニングが行われdrol1変異株が単離された。その後の解析の結果drol1変異株ではAT-AC型イントロンのスプライシングが抑制されていることが発見された。最近同様の現象がヒトの遺伝病において起きていることが報告され、その原因遺伝子CENATACが同定された。CENATAC遺伝子はヒトのみならず植物にも保存されており、シロイヌナズナのTTL遺伝子はそのオルソログと考えられる。TTL遺伝子の破壊株は致死性を示し、その表現型はtitan変異株と似ている。titan変異株の原因遺伝子の一つはSMC1で、SMC1にはAT-AC型イントロンが存在している。これらのことからTTL遺伝子も、AT-AC型イントロンのスプライシングを抑制に関わっているのではないかと考えられた。そこでCRISPR-Cas9を用いてTTL遺伝子に変異を導入し、AT-AC型イントロンのスプライシングに与える影響と致死性を調べることにした。
TTL遺伝子を標的にするsgRNAを6種類作成し、シロイヌナズナで発現させた。5つはゲノムに様々な欠失をもたらした。そのうちの一株はdrol1変異株に似た形態上の表現型を示した。AT-AC型イントロンのスプライシングが抑制されているだろうと考え、今後RNA-Seqを用いて網羅的にスプライシングパターンの変化が起きているかどうかを調べる。
drol1サプレッサーの探索
村木 颯人
シロイズナズナdrol1変異株は発芽後のオレオシン遺伝子の発現抑制が起きない変異株として単離された。drol1変異株の原因遺伝子を同定したところ、スプライシング因子をコードしていることがわかった。さらに解析を進めたところシロイヌナズナのイントロン約 12.5 万個のうちたった 0.06 %しか存在しない末端の塩素配列がAT–AC であるイントロンのスプライシングが特異的に抑制されていることがわかった。このことからDROL1遺伝子はAT-AC型イントロンに特異的に必要なスプライシング因子であることが分かった。
drol1変異株はオレオシン遺伝子の脱発現抑制以外にも子葉が上向きにカールしている、根が短いといった表現型を示す。これらの表現型は AT–AC 型イントロンを持つ遺伝子のスプライシング異常によって引き起こされると考えられるものの、どのようにして drol1の表現型をもたらすのかはわかっていない。そこでdrol1の表現型を抑制するサプレッサーをスクリーニングし、drol1遺伝子と相互作用する新たな遺伝子を同定することを目的とした。
昨年度の一次スクリーニングで得られた22の候補株を播種し、10日から2週間後にその形態を観察した。その結果野生型株に近い形態を示す株が新たに一つ得られた。